現地調査1日目続編

墓地調査の後、そのまま現地で菩提寺探しや氏神神社での調査、その他周辺での調査などを行いたかったのですが、資料館への予約時間が迫っていましたので、後回しにして現地を去りました。

資料館で閲覧したかったのは、皇城炎上献金者の名簿です。
これは、明治6年5月に皇城(皇居)が全焼し、全国各地から献金が集まったのですが、その時の名簿が残されており、献金額の他に族籍(士族や平民)が記されていました。(※族籍が記されていない名簿もある)

今回の目的は、この族籍の確認でした。
ご依頼人様によると、「江戸時代は武士だったという言い伝えがあり、それが本当かどうか知りたい。」というご希望がありましたので、この史料で確認したいと思っていました。結局、士族とは書かれていませんでした。(このことを当ブログに書くのはご本人確認済です。)

武士かどうかは、分限帳で確かめる方法もあり、そちらの方がポピュラーではあるのですが、分限帳に全ての藩士が書かれているわけではありませんので、分限帳に名前がないというだけで、「武士ではない」とは断言できません。

祖父母や父母などからの言い伝えで「我が家は昔は武士だった。」というお話は、家系調査のご依頼の際にしばしばお聞きするのですが、調査の結果、そうではない事実をお知らせしなければならないことの方が多いものです。

斯く言う私も、幼い頃には「武士だった」と聞かされていたのですが、後に調査をして間違いであることを知りましたが。